志しが歴史を紡ぐ。宇和島の老舗、松屋旅館。

出展:西予市産業部経済振興課

かつて宇和島藩のお膝元として栄えた宇和町卯之町(うのまち)。街道筋には、白壁や格子窓を持つ商家、点在する洋風建築など、江戸中期から昭和初期の建造物が残され、時代の変遷を見てとることができます。とりわけ中町(なかのちょう)は、日本に近代医学を伝えたシーボルトの娘、楠本イネも往来した通りとして多くの観光客が訪れますが、こちらではさらに、宿場町特有の遺構を見ることができます。「枡形(ますがた)」と呼ばれる、敵の侵入に備えた防衛機構で、敷地へ続く道をいったんクランクのように直角に曲げることで、通りから敷地の内部が伺えないように作られているのです。


情緒ある美しい町並みの中に、そんな近世日本の特徴的な建造物を抱える、この通り。その真ん中に佇む建物が、今回の舞台、創業およそ250年を数える老舗「松屋旅館」です。


出典:松屋旅館

石畳を踏んで邸内へ進むと、重厚な屋根瓦を葺いた建物が、やはり往時の宿場町の雰囲気を伝えています。もとは江戸時代の商家であったこちらの旅館、お薦めは「江戸のお部屋」と名付けられた、二つの特別室です。松屋旅館の中でも最も古い建物だそうで、その名に恥じない、広々と贅沢な客室は、洋間、和室と二間続きになっており、階段を上がって寝室へ行くという、珍しいメゾネット形式。この二階部分、かつては隠し部屋とされており、幕末の志士がここに身を潜めたとか。確かに階段部分の幅は狭くなっており、当時の切迫した雰囲気を偲ばせます。

このように、由緒ある建物の魅力は余りあるほどなのですが、松屋旅館には他にも是非、体験するべきものがあります。宿泊者のもう一つのお目当てとは、一体何なのでしょうか?

火事の時は◯◯を持って逃げろ!?

それは200年以上、今日まで絶えることなく受け継がれてきた、あるもの。老若男女を問わずに愛され、お客さんの中には、それを目当てにこの宿を訪れるという人も少なくありません。またある時は、小学生がそれを自由研究のテーマとするため取材にやってきたことも。とは言え、どんなに欲しても◯◯の大きさは決まっているため、一人で大量にいただくというのは、難しそうなのですが...


江戸当時より、特別なお客さんへの食事の一品として付けられていたという食べ物があります。それは、漬物。松屋旅館の名物は、ぬか漬けです。歴史あるこの旅館、実は江戸の大火で屋敷もろとも消失してしまったことがありました。漬物を用意するのに苦労したであろう当時の経験を踏まえて、火事の時には何を置いても「ぬか床」だけは持って逃げろ! と言い伝えられてきたのです。


そのぬか床を守り続けてきたのが、大氣(おおき)家。珍しい名字ですが、その背景には、今日の松屋旅館のぬか床へとつながる物語があります。その昔、松屋旅館の当主であった大塚萬兵衛が火事に遭った時、かろうじて助かった2人の子供たち。彼らが和氣家の助けを借りながら、なんとか松屋旅館を再興させた経緯から、その恩義を忘れないよう、両家の名前の漢字を合わせて、大氣家として経営するようになったのでした。


出典:松屋旅館
先代の大氣憲太郎(現大女将のお父様)とその父、大氣哲翁

感謝の意を忘れず、松屋旅館のシンボルとも言えるそのぬか漬けを今日まで守り抜いてきた、大氣家。ぬか床は、毎日手を入れることが必要と言われますが、松屋旅館のぬか床が、実際に365日、200年間、丁寧に手をかけられてきたことを考えると、いかに大切にされたきたのかがわかります。


かつて大女将、女将とそのご主人とでそれぞれ一つずつ、大切に管理されてきた大・中・小の3つのぬか床を、現在は7代目大女将の大氣真紀さんが一人で手掛けています。季節の野菜を加えたり、アボカドなど新しいものに挑戦したり。おすすめはセロリで、お茶漬けにしていただいても美味しいのだそう。


特に宣伝することもなく、しっかりとファンを獲得している松屋旅館のぬか漬け。その評判の理由をたずねると、それはきっと、長年変わらずに続けたきたことの結果だと、大氣さん。そのたおやかな語り口には、慢心など一切感じられません。そこにあるのは、ただ受け継いだものを大切に、そして有り難く守りたいという強い想い。昨年7月の豪雨の影響で旅館が休業に近い状態になっても、漬物は作り続けられているそうです。


家訓は「真実一路(嘘をつかない)」なのだと、大氣さんが教えてくれました。今ではすべてのお客様に振舞われるようになったぬか漬け。関わる誰もに対して謝意を忘れず、丁寧に対応していくという姿勢の奥に、旧家の教えがしっかりと生きているようです。


美しい景観だけでなく、先人の心の生きたおもてなしが響く、松屋旅館。手塩にかけたぬか漬けをいただきながら、その心も一緒に味わえる宿で、心身を優しくいたわることが出来そうですね。


出典:松屋旅館


松屋旅館
住所:愛媛県西予市宇和町卯之町3-218
TEL:0894-62-0013
http://www.matsuya-ryokan.jp/