里山の隠れ家。地元のお母さんたちが手がけるお宿「石畳の宿」
「最近ちょっと疲れ気味。忙しさに追われて、目の前の仕事をこなすだけで精一杯。満員電車で出勤して、ギリギリ終電で帰る毎日。気付いたら、ずっと空すら見上げていないかも…。」
何かに追われ続ける都会の日々は、何かと気を張りすぎて、続くと気づけば体も心も擦り切れそう。たまには自然の中でのんびり過ごし、ゆっくり眠って、滋味溢れる食事をいただき、地元の人との暖かい交流を楽しみたい。そんなことを思う人々に人気のお宿が愛媛県にありました。宿の名前は「石畳の宿」。

瀬戸内海のイメージが強い愛媛県ですが、実は面積の約7割が山地で、雄大な石鎚山系を筆頭に、そのほか地域色溢れる小さな山々が点在しています。
そんな多々ある山のなかで、観光地でも避暑地でもない里山に、多くの都会人が癒しを求めて訪れる古民家の宿「石畳の宿」があります。運営は地元のお母さんたちによる交代制で客室は4室のみ。

自然豊かな里山のこの小さな宿を求めて、近年では、宿泊者は年間1,000人を超えるまでになりました。遠方の都市部の人々を絶えず惹きつける理由はどこにあるのでしょうか。
山奥にありながら絶えず人々を惹きつける理由。それは、日常を離れた石畳の土地そのものや、心地よい宿の雰囲気、そして宿を運営するお母さん達が丹精込めて作る食事にあります。

評判の料理は、全てお母さん達による手作り。地産地消にこだわった、滋養いっぱいの料理です。
「昔ながらの石畳の家庭料理なんですよ。」
オープン時から、宿を切り盛りしてきたお母さんのひとり、政岡さんはそう言います。オープン前の話し合いでは、パスタやサラダなど、都会のメニューを意識した意見も出ていましたが、石畳らしさ、農村らしさを体現して欲しいとの想いから、地元のお母さん達が飾らない地元の家庭料理を味わえる宿にしたそうです。
家庭料理と言っても「手間暇」が込められており、例えば、川魚のアメノウオは、囲炉裏端でじっくり2時間かけて焼き上げるそうです。

大変ではないのでしょうか?との質問に、政岡さんは
「やりがいの方が大きいですよ。こんなに遠くまで来てくださったお客様に対して、私たちも心尽しのお世話をしたいんです。食事は旅の大きな楽しみでしょう?素朴ですが、ここでしか食べられない、石畳の「おごちそう」を召し上がっていただきたいと思っています。」

そんな想いから、食材は基本的に石畳産のみ。なかでも、水車小屋で精米したご飯や、生みたての朝採れ卵などは、滋味が豊かで美味しいと評判です。山菜などもお母さん達自らが山からとって来たものです。「旬」にもこだわっているので、定番の天ぷらや煮物も季節によって食材が変わります。
石畳の宿がオープンしたのは1994年。古い町並みの保存に成功した内子町に続き、里山の美観や文化などの村並み保存を試みた石畳地区。
かつてあった水車小屋の復活を皮切りに、散歩道などの整備など、観光客に来てもらえるような仕組み作りの中できたのが「石畳の宿」でした。とはいえ前例がない試みに「観光地でもない場所に、本当に人が来るの?」と、誰もが思いました。
政岡さんの参加きっかけになったのは、村並み保存仕掛け人の、岡田文淑さんからの誘い文句。「将来、孫からかっこいいおばあちゃんと思われるために、一緒にセンスを磨かないか」の一言でした。岡田さんのこのセリフは、政岡さんほか、多くのお母さんの心を動かしました。

「声をかけてもらったのも嬉しかったし、自分にも何かできるかもしれないという、未来に対して明るい気持ちを持てたことも大きかったです。」
お母さんたちは当時を振り返ります。
宿泊者の方々のプライベートを尊重しながらも、食事の時間には、お母さん達も会話に加わり、「おごちそう」の話を皮切りに、お互いの家族や仕事の話などで、交流を行うそうです。
旅先での食事、初対面同士ながらも、お互い温かく気遣いあっての会話は楽しく、優しく、思わず心も緩みます。こうした宿泊者との交流からお母さん達自身が、石畳の魅力に気付かされると言います。
「長年住んでいるが故に気づかなかった、石畳の豊かさを教えてくれたのも宿泊者です。美しい自然があり、優しい人が多く、ありがたい場所、昔は何も無い場所だと思っていたけれど、豊かな恵みに溢れた場所だったのだと。」
また、宿の運営を通じて、真心は人にちゃんと伝わるのだという事を学んだそう。この想いは、きっと他のお母さん達にも共通するのかもしれません。
「この先、新しい事をやりたいというよりは、今やっている事をきちんと丁寧にこなし続けて、結果ずっとこの宿が続いていけばいいと思っています。宿を始めた頃の想いも一緒に。」
「石畳の宿」はこれからも、人々を温かく迎え、癒し続けます。
