想いをつなぐ、水引のお話
ご祝儀袋に配されているリボンのような装飾、水引(みずびき)。お祝いの包みには華やかさを、不祝儀には気が締まるような趣きを添えてくれるものですが、日常的にはあまり身近なものではないかもしれませんね。水引には古来より、人々の思いを伝える役割がありました。そこに託されたメッセージとは...?
江戸時代、水引は愛媛東部などの各地で、丁髷(ちょんまげ)を結うのに使う元結(もとゆい)という紙ひもとして使用されていました。明治に入り元結の需要が低下した後は、工芸品として作り続けられ、現在の水引へと引き継がれます
伊予水引に光をあてる女性
愛媛県の四国中央市は、国内有数の製紙産業の地であり、ここで生産される伊予水引は、長野県飯田市と並び、全国1位の生産量を誇ります。有髙智佳代さんは、伊予水引メーカーの一つ、株式会社 有高扇山堂の専務取締役を務めながら、伝統工芸士としても水引作りに携わっています。ご主人は社長、お義父様は現代の名工という家に嫁ぎ、まさに伝統継承の只中に身を置きながら、一方で今までにないような新鮮なデザインの作品を生み出しています。伝統工芸の世界で、チャレンジへの制約などはなかったのでしょうか?
有髙さんが水引作りに関わり始めたのは、今から30年ほど前のこと。当時は作り手が女性、売り手が男性と分けられ、何を作るべきかは男性に委ねられるのが基本でした。会社が作りたいものを作って売るのが当たり前であった業界。外から水引の世界へ入り、純粋に使い手としての目線も持ち合わせていた有髙さんには、その時に作られていたものがベストとは思えませんでした。
そこで、その頃に作られていたものに、自分なりのアレンジを加えた商品を作るようになります。実は、水引に携わる以前までは小学校教師として働いていた有髙さん。嫁いでもその職を辞するつもりはなかったのですが、家族の看病が度重なる時期を経て、やむなく退職。その後は自ら水引に向き合っていきますが、慣れない伝統工芸の仕事と子育てとを担って悶々とした日々を送ることになりました。
そんな中でも、自分が良いと思うデザインにこだわり続けた有髙さん。次第に彼女の考案した商品の人気が高まっていき、その手腕を認められてもなお、有髙さんは水引デザイナーとしてのご自身に100%納得できずにいたそうです。
世界的アーティストとの出会い
そんな状況を一変させたのが、20年前に市の教育員会を介して得られた、芸術家(故)嶋本昭三さんとの出会い。京都教育大学名誉教授などの権威ある肩書きを持ちながら、自由な芸術表現を追求した嶋本さんは、瓶詰めした絵の具をキャンバスに叩きつける通称“ビン投げアート”でとりわけ知られ、日産自動車のCMでは、自身がクレーンで空中に吊られた状態から塗料入りの瓶を投げつけるパフォーマンスが話題を呼んだ人物です。
(左から)嶋本さん、有髙さん、ヘルシンキ芸術アカデミー校長先生
そんな現代アートの大家にとって、伝統工芸は対極にあり、今まで触れてこなかったもの。それゆえに水引に興味を持ち、有髙さんに一本の電話をくれたのでした。ご本人の作品をヒントに、水引で自由に表現するというテーマのもと、有髙さんは初めて、時間も忘れて夢中で水引作りに取り組みます。何一つ指示することなく、ただ見守りながら彼女の創作活動を鼓舞してくれた嶋本さんには、仕事のみならず生き方にも大きな影響を受けたと言います。
それからは、伝統を守るべき業界ではあっても、ワクワクするものを作ろうという思いを持って臨むことができるようになりました。「水引は強度があり、美しい色も出せる。他ではできないものが作れるのです。」素材が持つ価値を知り、自由な発想を持ってその魅力を引き出すことで、水引の素晴らしさを伝えることができる。有髙さんの経験を通じて得られた確信が、社内のデザインメンバーを鼓舞し、今までになかった水引作品を次々と生み出させることになります。
【ゆ・わ・い】
水引のみで作られているボトルホルダー。日本酒やワインを、華やか&エレガントに演出してくれます。
【こよみ色飾り】
見た目はとても可憐ながら、11本の水引を使用した複雑構造を持つ、匠の技。コースターとして使ってしまうのがためらわれる美しさですが、だからこそ、水にも強い水引の出番!
【Hana てまり (純)】
水引を使ったブーケは他にもありますが、ボール型は珍しい。大小のお花が、絶妙に色の違う水引で繊細に表現されています。
有髙さんが作る水引に共通しているのは、華があり、気品があること。それは伝統工芸品ならではの絢爛さや格式高さというよりも、つい手に取りたくなるような、心引かれる美しさ。この存在感はどこからくるのでしょうか?
そもそもの水引の起源は、遠く飛鳥時代、遣隋使への贈り物にかけられていた紅白の麻紐。これにより隋の国(中国)は、使者の帰路の無事を願い、贈り物が真心を尽くしたものであると伝えようとしたと言われています。この精神は現代にも受け継がれ、水引には、送り主は思いを託し、受け手はありがたく受け止めるという心のやりとりが込められているのです。そしてこれこそ、有髙さんが水引作りにおいてとても大事にしていること。
15年ほど前、結納セットの売り上げが落ちてしまったことがあったそう。商品の性質上、時代の変化とともに売れなくなっても仕方ないとも思えるのですが、有髙さんは反省点であると振り返ります。「世の中が変わっても、水引だから伝えられることがあります。日本人だから感じられるような、想い。それを伝えるのを怠っていたんだと思います。」
伸びやかな作品作りの一方で、真摯にお客さんの要望と向き合う有髙さん。日々、商品企画や売り方の改善に努め、移り変わりの早い世の中ではあれ、今後の業界の展望にさほど懸念はないと言います。「息子がデザイン開発、その友達が営業として加わってくれました。オンラインでのノウハウや、いま求められていることを色々教えてもらっています。」
仕事、子育て、伝統工芸界での取り組み、その時々に全力で向き合いながら、与えられたミッションをチャンスに変えて、花を咲かせる女性。そのしなやかさな生き様が、有髙さんの作る水引に可愛らしさだけではない、凛とした魅力を与えているのでしょう。
好きな食べ物を尋ねてみると、デコポン、甘平、ぽんかん、伊予柑... と柑橘類のほか、愛媛でとれた魚のお刺身が大好きとのこと。「柑橘類はむくだけで簡単に食べられますし、お刺身も一品でいただける。ついつい食べ過ぎてしまいます(笑)」手間がかからないものを好みながら、一方で手間を惜しまず丹精込めて、水引作りに邁進されているのですね。
内包する想いがあるゆえに、より一層の存在感を放つ水引。その芯のある美しさを目にしたら、有髙さんの作った水引を、お守りのように手元に置いておきたくなりました。日本人としても女性としても、その美しさに近づけたらと願いながら。
フィンランドにて、水引の仮面をつけた有髙さんと嶋本さん(地元の新聞に掲載)