日常使いにぴったりな伝統工芸、愛媛の砥部焼
意外な原料から、意外な理由によって誕生しました
砥部焼の歴史は、室町時代の後期に遡ります。当時、砥部は国内でも有数の砥石(といし)の産地であり、刀剣の研磨において他に類を見ないというほどの優れた天然砥石を生産していました。愛媛の中央に位置する砥部は、日本を横断する中央構造線(世界最大級の断層)上にあり、この断層に圧力が加わることで生まれたという珍しい鉱脈を持っていました。それが上質な砥石産地たるゆえんです。
そして続く江戸時代、いよいよ砥部焼誕生への道筋が生まれます。当時、砥石を切り出す際に出る砥石屑(くず)の処理は大変な重労働で、駆り出された村人たちがその動員免除を求めるという事件に至るほど(砥石屑捨夫事件)。大津藩はこれを受け、当時の厳しい財政状況も考慮し、砥石屑を捨てずに活用することで国起こしを画策しました。不用品となるはずの砥石屑を原料に、財政立て直しの一環としての焼き物への取り組みに着手、これが砥部焼の起こりです。
試練を経て生まれ、たくましく育ちました
磁器製造の道のりは険しく、他県より助っ人として呼び寄せた陶工たちでさえ、見切りをつけて帰ってしまいます。それでも焼き物作りを命じられた担当者はたった一人、成功を目指して焼き続けました。しまいには釜にくべる薪がなくなり、半狂乱で畳や柱にも火をつけたほど。心身ともに追い詰められた果て、最終的に焼き物の上から塗る釉薬の改善に着手し、発足から2年半、ようやく砥部の磁器が焼き上げられたのでした。
ぽってりと厚みのある砥部焼は、少しくらい手荒に扱っても割れない丈夫さもあって、庶民の間でもてはやされました。それを象徴するようなアイテムが、くらわんか茶碗です。高台(茶碗の脚の部分)が高めに作られた鉢は、江戸時代に淀川べりの屋台で使われていたと言われています。往来する舟を相手に、すぐに食べられる料理を次々に盛っては手渡していく商売に、丈夫なくらわんか茶碗はもってこい。揺れる舟の上でも安定するように、高台が高く作られているのですね。
また、砥部焼には「喧嘩器」という別名も。喧嘩の時に投げつけても割れにくいからと、そんな風に呼ばれているそう。熱にも強いため、食洗機、電子レンジもOK。しかも器自体には熱が伝わりにくいため、持っても熱くないのに料理は冷めにくいという特質も、江戸時代より重宝された理由でしょう。割ったら困るからと、磁器に手が伸びなかった方々にも、朗報ですね。赤ちゃんやお子様向けにも、砥部焼ならより安心してお使いいただけるのでお薦めです。
世界から認められた砥部焼
明治以降、「伊予ボール」の名で海外でも注目されるようになった砥部焼は、明治26年シカゴの世界博覧会で一等を受賞するまでになりました。ところが、昭和の不況と続く戦争の影響で生産は減少。先進的な焼き物産地では、ロクロを機械式にする、毛筆を使った絵付けから銅板印刷にするなど、近代化に舵を切りましたが、砥部は砥石を使った手作り・手描きという手法を守り続けます。これが、砥部焼の価値を高めることになりました。
戦後になると、砥部焼らしい手作りの良さが改めて評価されるようになり、大正時代に提唱された民藝運動* に通じているということで、昭和28年には民藝運動の柳宗悦、浜田庄治、バーナード・リーチらが砥部を訪れ、陶芸の指導を行います。
(*工業化が進む時代に、日本各地の手仕事の価値を評価し、物質的な豊かさだけでなく、良い生活とは何かを追求した運動)
これが若手陶工らに刺激を与え、現在のスタイルへとつながっていくのでした。砥部焼のアイテムや製造工程などの見学もできる、愛媛最大規模の砥部焼の施設、「砥部焼観光センター 炎の里」で、砥部焼のデザインなどについてお話をお聞きしました。
暮らしに寄り添う器
代表取締役の泉本さんは、庶民への磁器の広まりこそ、砥部焼の功績の一つだと言います。一般的には磁器がまだ高級品であった江戸末期、安価で丈夫、しかも長持ちする砥部焼は庶民生活に馴染みやすいものでした。他の磁器が複雑な絵付けをすることで高価になっていく一方、砥部焼はシンプルな絵付けをすることで価格を抑え、誰にでも求めやすい焼き物を作り続けてきたのです。
ふっくらと手に優しい厚みが特徴的ですが、近年は少しずつ薄手になってきているそう。これは戦後から使ってくれているお客さんへの配慮で、お年寄りの手にも重すぎない、薄めの磁器を作るようになったからだそう。あくまで暮らしに寄り添う形で変化する砥部焼。使い手へと向けられた思いが感じられます。
また、ここ20年ほどで、女性の作家が非常に増えてきており、デザインに変化が。もともと筆を使ってシンプルな模様が描かれてきましたが、近年は少しずつカラフルになり、グッと可愛らしいものが増えたそうです。ハチイチペイパー(4/19)でも、女性作家チーム「とべりて」が、砥部焼の伝統を継承しつつも新たなデザインにチャレンジされている姿をご紹介させていただきました。
砥部焼作りにチャレンジ
砥部焼は使ってみてこそ良さがわかると言う泉本さん。その魅力をもっと知ってもらおうと、砥部焼観光センター 炎の里では併設の田舎カフェJutaroで、お食事やデザートを砥部焼の食器で提供。センター内では実際に焼き物作りも体験できます。自分で作った器でお茶やごはんをいただけたら、もっと楽しいですよね。また、土をこねる作業には、脳の活性化や心の安らぎを与えるセラピー効果もあるとされるので、癒しを求めて体験してみるのもよさそう。出来上がった焼き物に筆で色を入れる絵付けも体験できますよ。
世界に認められる存在でありながら、私たちの暮らしにすんなりと馴染む磁器。マイ・ファースト伝統工芸として、砥部焼はいかがですか?