愛媛県民の脚「いよてつ」の誕生秘話。はじまりは木材運搬 の小さな軽便鉄道

ガタン、ゴトン−。
幼い頃から、路面電車から見る松山の街並みが好きでした。父と母と車窓から見る景色は、並走する車を横目に、建物の向こうに松山城を望む。百貨店と大きな観覧車が見えてきたら、もうすぐゴール。なにげない、幸せな休日の思い出です。
出典:伊予鉄道株式会社

松山市のシンボル的存在、みかん色の路面電車と、機関車みたいな「坊っちゃん列車(※)」。伊予鉄道、通称「いよてつ」は、明治20年の開通以降市民の足としてはもちろん、多くの観光客にも利用され、愛され続けています。

愛媛県の主要路線のひとつとなっている「いよてつ」ですが、実は意外な過去があるんですよ。

きっかけは貨物列車。偉人が築いた愛媛経済発展の礎だった

実は「いよてつ」の始まりは、木材運搬のための貨物列車でした。通常の鉄道より車両も小さく、線路幅も狭い、日本初の「軽便鉄道」と呼ばれる貨物列車でした。

時は明治時代、松山米商会や第五十二国立銀行(現在の伊予銀行)を創立させた愛媛県政・経済界の先覚者である小林信近氏(のちの伊予鉄道創始者)は、交通機関の改善の必要を強く感じていました。

当時、愛媛では、面河村で木材を切り出し三津浜から大阪方面に積み出していました。ところが松山から三津までが大変な悪路で、わずか6.5kmの運搬料金が三津~大阪間の海上運賃よりもはるかに高くついてしまっていたのです。

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主な交通手段は、馬か駕籠(かご)、徒歩のいずれか。平坦な土地で道路も通っていましたが、雨後はぬかるみがひどく、通り抜けるのが困難でした。木材運搬となると、おそらくその比ではない苦労を強いられたはず。

小林氏は鉄道局へ軽便鉄道の敷設許可を申請しましたが、国内には事例のない事ではじめは「正気の沙汰ではない」となかなか受け入れられませんでした。

しかし、小林氏は粘り強く計画の有用性や実現性を説き、ついに受理されたのです。松山市が導入した車両は、ドイツ製の機関車2両に客車が6両。この車両は、機関車2両分だけで9,700円。米一升が4銭5厘の時代ですから相当なものです。役所からも「高価すぎる」と却下されかけたのですが、これが精一杯でした。

小さいけれど威力も人気も絶大!鉄道フィーバー巻き起こる
出典:伊予鉄道株式会社

ついに鉄道が愛媛へ来る日がやって来ました。通常、機関車や客車は部品で輸入され、現地で組み立てられますが、この車両はとても小さかったため、木箱のままやってきました。神戸に着港後そのまま三津へ回漕し、陸揚げ。

当時はクレーン車が無かったため、小型とはいえ7トン強の重量を人力で運び出しました。その様子は大変な見もので、港は終日見物人でごった返したそうです。

出典:伊予鉄道株式会社

黒煙を上げて走る機関車は「岡蒸気」と呼ばれ、毎日多くの見物人を集めました。あまりの立派さに恐れ入り、ワラジを脱いで乗車する人や、かしこまって客車の上に端座する人、時には機関車の威力に感嘆し、列車が松山駅に入線すると、米を撒いて礼拝する人もいたといいます。当時の人々が「いよてつ」に熱狂し、心おどらせていた姿が浮かびます。

貨物列車は不振も一般利用は好績!市民の脚に変貌
出典:伊予鉄道株式会社

軽便鉄道は、当初観光客より市民の利用が多かったと考えられています。1車両の乗員人数は12〜16名。運賃は約1.6kmで約1銭。松山~三津間は3銭5厘と安価だったので、利用者数は予想の2倍近くを超え、好業績を納めたようです。

一方、本来の目的だった貨物は不振に陥りました。伊予鉄道百年史の記述によると、

“牛馬車の荷主は家畜に対しての情もあってか、すぐに鉄道利用に切り替えなかった。結果、鉄道側で受注した貨物は想定の2割に留まった”

と記されています。こうして「いよてつ」は、貨物列車から市民の脚へと姿を変えていったのでした。

約130年元気な「いよてつ」。列車は松山のシンボルに
出典:伊予鉄道株式会社

近年の「いよてつ」はイメージカラーのオレンジが鮮やかになりました。伊予鉄道株式会社によると、観光客にとって『乗らないと愛媛や松山に来たことにならない』と語り継がれるようなデザインをコンセプトに、愛媛らしい色を強調したそうです。

路面電車や坊っちゃん列車は、観光客にとっての移動手段でありながら、それ自体が人気の観光目的にもなっています。2017年9月に130周年を迎えた「いよてつ」。今も昔も、人々の心をつかんで話さない勇姿をぜひ皆さんも愛してくださいね。

※「坊っちゃん列車」とは開業から67年間にわたり活躍した機関車を2001年に復元したディーゼル機

 

伊予鉄道株式会社
〒790-0807 愛媛県松山市平和通六丁目98番地
http://www.iyotetsu.co.jp
坊っちゃん列車ミュージアム
TEL: 089-948-3290 (平日 8:30〜17:30)
入場料:無料
愛媛県松山市湊町4-4-1伊予鉄グループ本社ビル1階
http://www.iyotetsu.co.jp/museum/