日本三大鵜飼「大洲鵜飼」の圧巻パフォーマンスに感動!伝統を次世代へ

鵜飼(うかい)とは、平安時代以前からある、鵜(う)を使った漁法。鵜は魚を獲ると、食道で一気に気絶させて飲み込んでしまう。これを活かして、鵜ののどに紐を巻き、ある大きさ以上のアユは完全に飲み込むことができなくし、鵜匠はそれを吐き出させて漁獲とする。魚に傷をつけることがないため、鮮度が高く無傷の魚が手に入ります。

かつては天皇や大名など、貴人への献上品としても珍重され、鵜と鵜を操る鵜匠は手厚く保護されてきました。江戸時代には大洲藩でも鵜飼が行われていましたが、明治以降に衰退。昭和32年に肱川を資源利用した観光事業として復活しました。

日本三大鵜飼に名を連ねる、愛媛県大洲市肱川(ひじかわ)の鵜飼


大洲肱川の鵜飼は、夕闇が迫る頃に川岸を離れ、夜の肱川を2.7km、2時間かけてゆっくり下ります。肱川の鵜飼が「三大」とされる理由は、日本で唯一行われる「合わせ鵜飼」という希少性の高い手法です。鵜を操る鵜匠船と客船が並走し、その間で鵜に魚狩りをさせながら川を下るという、鵜匠の技術や船頭の腕前、そして鵜自身のモチベーションなど、様々な要素が絡み合ってパフォーマンスとなる、日本三大の名にふさわしい鵜飼です。

時には水しぶきがかかったり、鵜が客船の縁にとまるサプライズもあり、優雅な舟遊びというより、アトラクションを体感すると言ったほうがいいかもしれません。シーズン期間の6月から9月半ばは、連日の大人気で、早くも3月くらいから予約が入り始めます。再起では、昼間の鵜飼プランも登場し、夜間とは違う、のんびりした鵜の魅力が楽しめます。

感情豊かで個性的な鵜たち。褒めて育てる井上さん式の鵜飼

鵜飼では、鵜と鵜匠の信頼関係が大変重要です。それを象徴するのが、船頭から鵜匠に転職し、7年目を迎える井上利和さんです。井上さんは鵜と会話できる鵜匠として知られています。井上さんによると、普段から鵜の世話をし、声をかけることで、鵜がこちらが話すことを理解し始めるそうです。通常、大洲では鵜匠と飼育係の仕事は分かれていますが、井上さんは両方を担っている合間に、鵜達と会話できるようになったそうです。

鵜飼の最中にも鵜は個性を発揮します。お客さんから拍手をもらった途端に張り切る鵜もいれば、周囲には惑わされずに淡々と狩りをする鵜もいる。井上さんは、お客さんと鵜が少しでも仲良くなってくれるようにと、パフォーマンス時はお客さんに鵜の名前を教えて、声を掛けてもらっています。

すると、お客さんは、鵜が魚を獲るたびに「○○ちゃんが獲った!」「○○ちゃん頑張れ!」など、名前を呼んで応援してくれる。名前を呼ばれた鵜が張り切って、勝手に魚を獲り始めることもあるんだとか。また、通常の鵜飼では、捕獲した魚を鵜自身が食べさせてもらえる事はめったにありません。が、井上さんは全部あげてしまいます。

「頑張って獲ったのに、食べられなかったら嫌でしょう?鵜も後で食べられるって分かっているから、一生懸命獲ってくれるんだと思う。でなけりゃ、うちの鵜は絶対むくれるよ。(笑)」

地元の子供たちに鵜飼の楽しさを伝える。次世代への伝統継承と環境の保全を目指して

最近、大洲市内の小学5年生の授業に「昼鵜飼体験」が導入される事になりました。目的は大洲の伝統と自然環境を学ぶこと。

「伝統と自然。鵜飼は目的に叶っていると思う。三大鵜飼でここにしかない技術もあるし、昼の肱川の透明度はすごいからね。この川で船に乗って、人と鵜と川の関係を見るだけでも、自然や伝統の本質を何か感じてもらえると思う。」


また、このことは未来の鵜飼人材確保の手段としても、貴重な機会だと言います。井上さんは、昼鵜飼の授業を通じて、地元の子供のほとんどが、鵜飼の存在自体を知らない事に驚きました。同時に、このまま何もしなければ、ただでさえ少ない後継者が、次の世代には完全に消えてしまうと、危機感を感じたそうです。


昼鵜飼では、鵜匠スタイルでの写真撮影、鵜小屋見学、実際に船に乗って鵜飼見学をするなど、まずは楽しんでもらう事に重点を置いています。

「授業は好評です。子供たちも喜んでくれるし、やり甲斐がありますよ。時間はかかるかもしれないけれど、関わった子供たちの中から、未来の鵜匠や船頭など、鵜飼に関わる人材が現れたり、肱川の美しさを保つきっかけのひとつになればと、希望を持っています。」

肱川鵜伝大洲のうかい
TEL:0893-57-6655
開催期間:2018年は6/1(金)〜9/20(木)
http://www.kurarinet.jp/ozu-ukai/index.html

写真出典:大洲市観光協会

 

大洲市観光協会
鵜匠 井上利和 氏