黄昏時のJR下灘駅ホームでアットホームなコンサート
「日本で一番海に近い駅」と呼ばれ、伊予灘を眼下に見渡す無人駅「下灘駅」。近年はインスタ映えするスポットとして注目を集めています。
そのプラットホームが、年に一度ちょっと不思議なシチュエーションに包まれる日があるのをご存知でしょうか。なんと、夕日が沈む水平線と、遠方にかすかに見える瀬戸内の島々を背景に、コンサートが開かれるのです。
毎年9月の第1土曜日、「JR下灘駅プラットホームコンサート」は開かれます。夕日の輝く黄昏時、オレンジと青のグラデーションに染まる空が濃紺の夜空に変わる、空と海のパノラマビュー。
遮るものが何もない空間は、心を解き放ちます。通常運行される列車からは演奏中に後ろから乗客が手を振る場面もあり、アットホームな空気に包まれていきます。
今年で32回目を迎えた同コンサート。顔ぶれも、子供からお年寄りまで世代を問わず様々に、この小さな駅に毎年約1,000人が集まり、非日常の時間を楽しみます。常連さん曰く、
「晴れたら最高。でも曇りもまたいい。さらに曇りや雨の合間に一瞬でも夕陽が出れば、それはもう『奇跡の美しさ』なんだ」
とのこと。一期一会の空・人・海の時間が最大の魅力ですね。
いまや人気絶大のコンサートですが、始まりは「廃線逃れのための苦肉の策」でした。時は1985年。国鉄民営化の際に、四国の多くの駅が無人駅となり、同時に駅の見直しも行われました。
同じエリアの山側と海側を2路線並行して走る予讃線も対象に。ほどなくして、特急も停まらず、利用人数も少ない海側路線の廃線が決定となってしまいました。地元住民にとってそれは激震となる出来事でした。
利用人数こそ少ないながら、貴重な住民の脚である予讃線。救いだったのは「廃線にするタイミングは未定」だったことでした。
利用者たちは立ち上がり、話し合った末に行きついたのが、駅を使って集客が見込める無人駅を使ったコンサート。鉄道の利用人数は急には増やせないため、苦肉の策でした。
コンサートの船出はとても厳しいものでした。開催のための資金もゼロ、経験もゼロ。JRや町に対し、稼働中のプラットホームをいかに安全に使うかなど説得を繰り返し、みんながみんな暗中模索のスタートでした。
地元の青年団を中心に寄付を呼びかけ、なんとかかき集めた50万円で、東京フィルハーモニー交響楽団のメンバー招致に成功。駅のホームを舞台にする前代未聞のコンサートは、本格的なクラシックコンサートとなりました。
なるべく多くの人に足を運んでもらえるように、ベートーベンの「運命」や「第九」など、耳に馴染みのある有名な曲を選曲しましたが、肝心の集客はどうか。
不安や心配は当日までいっぱいでしたが、蓋を開けてみれば当日の来客数はなんと1,000人!コンサートは拍手喝采で、想像以上の大盛況でした。
この大成功に、コンサートを開いた発起人たちは驚きを隠せませんでした。こんなに多くの人が集まって喜ばれるなら、本格的に続けてみようと、第2回目開催を決定。実行委員会も発足しました。
「次はよりカジュアルに」との思いを込めて、2回目はロックコンサートに転向。その後も人気は衰えず、毎回スペースいっぱいの観客が集まります。
最近は地元の小学生がトップバッターをつとめ、下灘駅のテーマソング「風が吹く駅で」を合唱し、フィナーレでも同曲をみんなで合唱するのが定番となっています。
ほのぼのとした雰囲気が好評で、子ども達が参加することで、その姿を見に来る家族の来客も増えました。
参加アーティストは招待したプロと、選考されたアマチュア。共に夕方のコンサートにふさわしい曲を演奏します。アマチュアは以前まで「下灘駅のオリジナルソングを作る」ことが応募条件でしたが、近年はハードルが下がり、カバー曲の披露もOKになりました。ただ、応募者は皆思い入れがあるのか、オリジナルソングを作る人の方が多いようです。
コンサートは音楽以外にもお楽しみがあります。内容は開催年によりますが、ワカメやいりこなど伊予の特産品のほか、参加アーティストのCDなどが当たる抽選会が行われます。
また、普段はお店のない下灘駅前に屋台が出店。近隣のお店が作るじゃこ天や魚の唐揚げなど、美味しいおつまみにビールも進んじゃいます!
コンサートでふと気づいたのが、駅の敷地の草がきちんと刈られ、掃除されていること。無人駅になった当初は荒れ放題だったそうですが、今では地元の子供やお年寄り、実行委員会のメンバーが日々ボランティアで掃除をしています。
まだ駅が荒れていた頃。海辺の駅を写真に撮る人が後を絶たなかったため、不思議に思った地元のお年寄りが聞いてみると、みんな口を揃えて「こんなに素晴らしい駅は他にない」と答えたのです。
「都会の人はこの駅が好きらしい」、「せっかくならキチンとしておかないと!」。住民の話題となり、それから駅を掃除する習慣が続いているのです。
地元の人は「お接待」の文化だから、と笑います。「お接待」とは修行のように厳しい道をゆく「お遍路さん」に対し、地元の人が食ベ物や飲み物を提供する文化。愛媛人のDNAとして刻まれた、思いやりの本能というのです。
「愛する自分たちの街を見にきてくれた人たちに気持ち良くいてほしい」というおもてなし。写真には写りきらない、あたたかい魅力があることがわかりました。
プラットホームコンサート実行委員では、現在、コンサートと地域のイベントをうまく連動できないか模索中。次なる新しい動きも視野に入れています。30年以上、地元の若手を中心に運営されてきたコンサートの主役は、夕陽とアーティストとお客さん。今年の9月、自然と地元人と観光客が一体になれるコンサートへ、足を運んでみませんか?
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